2020/11/23

あの人の言の葉 池亀 重作

 陸軍少佐 池亀 重作

 昭和17年11月23日
 ソロモン諸島 ガダルカナル島
 九〇三高地付近にて戦死
 新潟県糸魚川市筒石出身 40歳


 父より

 恵子よ、可愛い恵子よ。
 父は恵子が早く大きくなり、立派な人になり、御国のために働くことを祈ります。
 母の教へをより守り、誰にも負けぬ様に、お勉強しなさい。
 「努力は天才に優る」と言う事を念に収め、偉い人になって母に孝行をしなくてはなりません。
 父は東京の靖国神社でそればかり祈って居ます。

2020/11/17

あの人の言の葉 荒木 一英

 海軍少尉 荒木 一英

 神風特別攻撃隊
 昭和20年5月14日
 種子島東方沖にて戦死
 予科練特乙三期生
 新潟県出身 19歳


 父上、母上様、永い間有難うございました。
 何も言い残すことはありません。
 ただ、有難うの一言です。
 家門の名をけがさぬ死に方をする覚悟です。

 叔父上、叔母上様、永き厚恩を謝す。
 幼年時代に遊び歩いた田舎道や、叔父上、叔母上のお顔がいよいよ最後の時になり、なつかしく想い出されます。

 最後まで、笑っていきます。

2020/11/09

あの人の言の葉 岸 文一

 海軍中尉 岸 文一

 昭和19年10月24日
 フィリピンにて戦死
 新潟県柏崎市出身 22歳


 秋も深くなり裏庭で鳴く虫の音は今年も変わらぬことと思います。
 皆さんと一緒に物語った夜の数々の追憶で胸一杯になる事があります。
 きっとご両親様初め弟妹もさぞかし私のことを片時もお忘れなく御心配下さることと推察いたします。

 五月帰省の折、妹から次の話をきかされました。
 「お母さんはお兄さんの入隊以来、毎日写真の前に陰膳を供え、自分ではお茶を断ち、毎晩鎮守様へ武運長久のお祈りに参拝していらっしゃる」と、私は有り難くて返事が出来ませんでした。
 殊に入隊出発の前夜は歓送の宴で非常にお母さんには疲労なされて居られたのに、翌日の準備で一睡もとられず、私の打ち振る国旗のサインに「帰子待喜」と署名下された。
 尊いこの四字は暇さえあれば拝見して心の糧とし教訓として居ります。

 戦は益々苛烈になりました。
 到底生還は望めません。
 私も多数の方々や可憐な学童の喉をつり上げて軍歌を歌いながら国旗の波で元気一杯送って下されたあの姿が、今もなお脳裏に深く染み込んでいます。
 この世に天恩と父母の恩が最なるものと信じています。
 お母さんは日頃病弱でいらっしゃいます。
 妹や弟はどうぞ私の分をも孝行して下さい。

 ご両親様弟妹の健康を神掛けてお祈りし、不孝な私をお許し下さい。
 先般お送りしたアルバム三冊は弟妹への記念です。
 どうぞ私の事は御心配なく、戦死とお聞きの時は私の本望とお喜び下さい。
 さようなら。

 昭和十九年十月十四日 夜

2020/11/01

あの人の言の葉 笠間 高雄

 陸軍憲兵曹長 笠間 高雄

 昭和24年3月1日
 ティモール島クパンにて法務死
 千葉県出身 32歳


 拝啓

 いよいよ永別の秋が参りました。
 私は明三月一日の朝六時頃、南の果て「チモール島」「クーパン」郊外の刑場に於いて十名の射手により銃殺され、短い一生を終わります。

 戦争間、自己に与えられた任務遂行上やった事ですし、帝国の軍人として、又、日本人として私は少しも恥じる点はありません。

 日本人らしい態度で笑われぬ様、死んでゆく覚悟です。

 母上並びお前に対しても苦労のみさせ、何等報いることなく先立つ私を何卒許してくれ。

 誰も恨むこともない。
 敗戦と言う国家の重大事に際しての礎石なのだ。

 決して悲しまず、強く生き、母上に孝養し、洋子を立派に育てて欲しい。

 お母さん、静子、洋子、永久にさようなら。

 南の果てチモール島に於いて永遠に幸福を祈りつづけます。

 昭和二十四年二月二十八日  笠間 高雄

 笠間 静子殿 

2020/10/15

あの人の言の葉 塚本 太郎

 海軍大尉 塚本 太郎

 昭和20年1月21日
 中部太平洋方面にて戦死
 茨城県龍ケ崎市出身 22歳


 父よ、母よ、弟よ、妹よ、そして永い間はぐくんでくれた町よ、学校よ、さようなら。
 本当にありがとう。
 こんな我がまま者を、よくもまあ本当にありがとう。

 僕はもっと、もっと、いつまでも皆と一緒に楽しく暮らしたいんだ。
 愉快に勉強し皆にうんとご恩返しをしなければならないんだ。

 春は春風が都の空におどり、みんなと川辺に遊んだっけ、夏は氏神様のお祭りだ。
 神楽ばやしがあふれている。
 昔はなつかしいよ。
 秋になれば、お月見だといってあの崖下に「すすき」を取りにいったね。
 あそこで、転んだのはだれだったかしら。
 雪が降り出すとみんな大喜びで外へ出て雪合戦だ。
 昔はなつかしいよなあ。
 こうやって皆と愉快にいつまでも暮らしたい。
 喧嘩したり争ったりしても心の中ではいつでも手を握り合って……

 然しぼくはこんなにも幸福な家族の一員である前に、日本人であることを忘れてはならないと思うんだ。
 日本人、日本人、自分の血の中には三千年の間、受け継がれてきた先祖の息吹が脈打ってるんだ。

 至尊の御命令である日本人の血が湧く。
 永遠に栄えあれ祖国日本。
 みなさんさようなら…… 元気で征きます。

 昭和十八年十二月十日