陸軍大尉 棚橋 順一
昭和14年5月7日
中国華中にて戦死
東京都出身
愛児に宛てた手紙
今は昭和十二年十月十七日の午後六時半です。
僕の乗っている運送船は東支那海を上海に向けて走っているところです。
台風の余波で船が揺れて苦しいけれども今書いて置かないと明日は上陸準備で忙しいので揺れる机の上で書いています。
十九日の朝、上海に上陸して、すぐに戦線に行くはずです。
そこは生死の境であって、基の生長を見届けることが出来ないかも知れない。
そこで大きくなったら、父は基に何を期待していたかを知って貰いたいと思うのです。
基は将来自分の適した方面に進んでくれればよいのですが、決して力だけの人になってはいけません。
力だけで人生を送るのは不幸の因、滅亡の元です。
必ず徳というものを中心として進んで下さい。
所謂偉い人にならなくてもよい。
世の中には名も知れぬ人で徳の高い人があるものです。
人生には荒波があって築いたものを次から次に崩して行く、ここに確信の道というものがなければやって行けない。
大きくなったら宗教的方面の研究修業をするとよいと思う。
その時必要なのはよい師匠である。
よい指導者である。
よい友である。
私は世にも珍しい良師につくことが出来た。
どうぞ基が大きくなったら、これを心懸けて下さい。
それから僕のために総てを捧げてくれた基のお母さん、お親父さん、お祖母さんをどうか大切にして下さい。
みんな苦労をした人々だ、僕に代わって大切にして下さい。
基のことを会社の人々、塾の人々、中学時代の友人によく頼んで置いたから困ったときは相談に行くがよろしい。
ではこれでやめます。
さようなら。
どうぞすくすくと丈夫に育って下さい。
父より(基宛)